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cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ

摂食障害じゃないけど自分の食習慣がすごく恥ずかしい。自分のコンプレックス。

自省録

こんにちは。

元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

 

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私、20代も後半でして、引きこもりを卒業してからはそれなりに自分で自分のこと受け入れられるようになったのですが、未だに体重というか食習慣についてはどうもダメです。。。

自分の食習慣が恥ずかしい。

レズ風俗行きたいとか、自分の性欲や性癖について開けっぴろげに語るのより、全然恥ずかしい。

 

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私、基本幸せです。でも、やっぱり寂しくて人恋しい時もあります。。。

自省録 恋とか愛とか男とか女とかその中間とか

こんにちは。

元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

 

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私、基本的に幸せを感じる閾値が低く設定されてます。

お天気が良ければそれだけで気分が良く、庭で日向ぼっこして自然と戯れて花の匂いを嗅いだりするだけで何か充電されます。

青空を仰いでマラソンしているときにふと込み上げるような喜びみたいなのも感じられます。

近所のスーパーで色々売ってるの眺めるのが好きだし、お刺身が安値で売ってるのを発見するとそれだけで小躍りします。

花柄のエプロンを手に入れたときも、スタバでキャラメルフラペチーノ飲みながら本読んで日記つけるような、他愛のない日常で穏やかに暮らせる自分が幸せだなって感じたりします。

 

 

でも。

でも、そんな私でも。

月に1回とか2回とか、頻度は多くないですが、ものすごく寂しくなるときがあります。

 

友人はもう疎遠になってしまったし、職場の人とプライベートでつるみたくもないので、お休みの日は上記に記したのからもわかるように、基本的に一人で気ままに時間を過ごしていて、通常はそんな一人の時間が比較にならないほど貴重で私が私らしくいるための永久不可侵の価値がある大切な時間として噛みしめるように浸るのですが、ふと、そんな一人の時間を「孤独」と捉えて、ものすごく寂しくなる瞬間が時たま訪れるのです。

なんか、一人で生きてる自分がすごくアホらしく思えて、一人でいても幸せって思ってたのは実は幻想を抱いていただけで、本当は寂しいのに一人強がってただけなのかと思えて、急に自分に自信がなくなる。

 

どうしようもなく人恋しくて、

どうしようもなく誰かに甘えたくて、

どうしようもなく泣けてきて、

どうしようもなく悲しくなる。

誰かが優しく頭を撫でてくれる訳でもないのに、いい年してベッドの上で膝抱えて体育座りして静かに寂しさに浸ってみたり。感傷に浸ってんな…って思って自嘲したりもする。

このまま人生一人で生きていくのかな…って思ったり。

 

何が引き金になるのかわからない。何も思い当たる原因がないときもあるし、あるときもある。最近だと、例えば職場の人たちの大半が有給を使って、各人旅行とかテーマパークとかに行ってお土産が会社の共有デスクにうず高く積まれているのをみて、ふと、「一緒に旅行行く人もいない自分て…」と思えて家に帰って思い出すと少し目が潤む。

一人で縮こまってぎゅっと自分で自分を抱きしめて、ああ寂しい、悲しいと涙する。

 

一晩眠って次の日目が覚めるとその寂しさはだいぶ緩和されていくのだけど、この寂しさを感じるのどうにかならないかなって。

 

だいだいの事って一人でできるし、通常時はなんでも一人でやってて楽しい。

けど、でもどうしても一人でできないこともある。

例えば、ハグとか。こればっかりはどうしようもない。

肉体を持つ物体として三次元で生を受けた以上は誰かと触れ合いたいなら、文字通り触れ合うしかない。魂の触れ合いとか雰囲気とか以心伝心とかただ一緒の空間にいるだけで満足とか、そういうのだけじゃ私は満たされない。それは私にとっては綺麗事である。

「寂しすぎてレズ風俗に行きましたレポ」

にも書いてあったけど、そうよ、私だって抱きしめられたい願望がある。

 

未だに迷いがあるけど、やっぱりレズビアン風俗に、行こっと。

寂しいし、なんか素肌で触れたいなあ。癒されたい。

この寂しさも今日寝て、明日起きたら解消されていてまた元気な私に戻るだろうから、記念にブログにでも残しておきましょう。

 

 

ちーこぶ

 

いつから人は素直に「好き」と言えなくなるのか。

恋とか愛とか男とか女とかその中間とか

こんにちゃ。

元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

 

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昔から私は好きな人に「好き」ということができなかった。

小学校6年生の時、本格的に好きになった初恋の男の子には好きと言えずに7年が経ち、7年後偶然再会した時に思い切ってアドレスを聞いたが、あからさまに嫌そうな顔をしていて案の定返信が一切返ってこないという悲惨な形で玉砕した。告白もしてないのに。。。

大学生の時に唯一付き合ったU君は、向こうが私にベタ惚れしてくれた。私もすごく楽しくて幸せだったが、ある時、束縛がきついなと思ったが最後、完全に冷めてしまってこちらからフった。(以来、彼氏ができない。苦笑。今思えば悪魔のようにわがままな私と共にやってこれた、何とも観音様のように優しい彼だった。)

 

それ以降、好きな人ができたが、やっぱり好きと言えずに終わった。

トヨタ先輩が好きだったが、当時私がビッチだったせいで彼氏のU君がいるのにそれを隠してちょっかいを出していた。実は彼氏がいますと言ったら真面目なトヨタ先輩はすぐさまフェードアウト。その後彼氏と別れてから、「先輩好きでした」と言った。だが、時すでに遅し。トヨタ先輩はすでに素敵な彼女をこしらえていた(そして数年後その彼女さんとご結婚された)。

コウチ先輩はずっと仲の良い先輩だった。喧嘩もするし、仲間内で一緒に旅行もするし、いつも一緒にバカやってて、男女の関係にはならないと思っていたけど、結婚するならこんな人がいいな…としみじみ思っていた。素晴らしい交友関係を崩したくなくて、好きと伝えられずに社会人になり、疎遠になり、私が暗黒引きこもり時代に突入し、ようやっと社会復帰してコウチ先輩どうしてるかなと思ってf*c*bookを開くと、もう2年も前の私の大暗黒時代に出来婚していたことが判明した。これは以前もブログに書いてたな。やっぱり「好き」と言わずに終わった。

 

でも、そんな恋愛偏差値が自分の高学歴と完全に反比例してる私でも、幼稚園のときはちゃんと好きな子に好き!と面と向かって言っていた。

でもその子、ちょっと気の弱い男の子で、私があげたバレンタインのお返しが来たのは、もう皆んなともお別れの卒園式も終わりのギリギリの時で、お母さんに抱っこされながらモジモジしているだけの男の子だった。もちろんその子のお母さんが私にホワイトデーのお返しを手渡してくれた。幼いながらに、「このチキン野郎が」とちょっとむっとした気がする。

 

それから、小学校の1,2年生の頃は誰か好きになったかどうか覚えてない。

3,4年の頃、原君という可愛いのに自分のことを「ワシ」というサッカー少年が好きになった。それで、女の子の友達に「あたし原君好き」って打ち明けたら、何かからかわれた。事あるごとに、私が何か言うと「だってさ。ねー原君!」と一々原君に話を振る女の子にムカついた。それと同時に自分の好意が周囲に知れ渡ってしまうことが物凄い恥ずかしいことなんだと変な風に学んでしまった。それ以来かな、自分が誰が好きなのか人に明かさなくなったのは。

女の子としての自我が芽生え始めたのもあるかな。この頃になると「男子なんてクソ」みたいに精神的先輩風を吹かせるのが何故だか流行っていて、本当は好きな子がいるのに、そんなのはおくびにも出さず男子の悪口に花を咲かせる小生意気な私がいた。

 

以来、好きな人に素直に好きと言えないまま。

 

この厄介な慣れ?癖?は今でもしつこく私の脳内にこびりついている。

素直に「好き」と表現するのが一番破壊力(?)抜群なのに、私はその術を未だに使えないでいる。

 

理由① 周囲の女の存在

 「原君」のデジャヴじゃないけど、自分の好意を他人に知られるのが嫌。あと嫉妬とかされたら本当に面倒臭いよね、と思い、好きな人がかぶったら先に身を引いてしまうと思う。

理由② そもそも得意じゃない

 ずっと気持ちを抑え込む事ばかり学んでしまって、素直に表現する機会がなく圧倒的に「好き」を伝える経験値不足。

 

 

あーー。だからモテる女が羨ましい。素直に好きと言えて、素直に甘えられて、素直におねだりできて、素直に「かっこいい」と言ってあげられて、周囲の女なんか気にする事もなく素直にバレンタインが渡せて、素直に「私は◯◯君が好き」と周囲にも公言できる女が!!!もう尊敬と敬愛のレベルだ。あーーそんな女に私も遊ばれたい(←んっ!?笑)