読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ

ニートになった経緯④ー大暗黒時代 (※過激な表現を含みます。嫌な方はブラウザバックをお願いします)

引きこもり・ニート関連 ニートになった経緯

こんばんは。

元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

ニートになった経緯の更新をしたいと思います。

 

********************************

2014年6月に仕事を辞め、

2016年の5月頃までの約2年間、

ちーこぶはニートをしておりました。

卒業まで随分と時間がかかりました。今でもごくたま〜にニートに戻りたい、と言う思いがふっと脳内を掠めることもありますが、それでも私の場合は社会復帰できてよかったなあ、と思っています。なので、ニート、と言うより長い休職期間とでも言えばいいのかな?でも現代社会ではあまり目的のない長期的な休みは歓迎されていないので、何とも形容し難い人生の空白期間でした。

 

そして、「空白」期間と言いつつ、

 

中身は、

 

「大暗黒」

 

だった私のガチ引きこもり体験記をどうぞ。

 

以下は、あまり表現として適切でない過激な振る舞いも描かれます。嫌な方はどうかそのままブラウザバックしてください、お願いいたします。どうかそのまま安心して戻ってください。

****************************

嫌で嫌で仕方のなかった仕事を辞めた私は、一日の大半を布団の上で過ごしていました。平日の昼間家族が出払っているうちにこそこそとキッチンに降りてきてご飯を食べる以外は自室にこもって日がな、ずーーーーっとyoutubeを眺めている。トイレぐらいでしょうか。部屋から出てきたのは。

そして休日は家族と一緒にいるのが苦痛のため外出し、夕方ごろまでは図書館で暇をつぶし、それ以降は夜遅くまでやっているカフェで時間を潰し、皆が寝静まった頃にとぼとぼと家路につくという生活でした。

昼夜逆転は当たり前、外出する時はとにかく人に見られるのが怖くて、目深にかぶった帽子か口元を覆うマスクが手放せませんでした。出かけようと思えば平日だって出かけられたのに休日しか外出しなかったのは、「ご近所さんが『あそこんとこのお嬢さん真っ昼間からなにやってんのかしら』と噂されたら…」と思うと怖くて、気になっていたからでした。なので平日に出かける予定があるとしても日が沈んで、人影が判別できなくなってからでした。

こんな感じだと、健康で文化的な生活が送れずに、食事も睡眠も不規則で、風呂も入らないのが当たり前になります。決して不潔にしようという悪巧みなどはなく、ただ純粋に自分への興味関心が薄れてセルフネグレクト状態になり、お世話をしなくなるのです。風呂は一週間から10日に1回など、自分自身で清潔状態が保てなくなりました。(もちろん美容院にも行けません。行けば必ずと言って良いほど「お仕事何してますか?」から始まる質問で会話を強制的に始めなければならないのが嫌で仕方がなく、かといって嘘をつくのも苦手で疲れるので、本当に無職引きこもりであると社会生活から排除されるんだと思いました。)

そして、こんな状態になるもう随分と前から家族との会話はなくなり、食事の時間になってもリビングに降りてくることはなく、二階の自室に閉じこもっていました。食事は母が部屋に運んでおりました。自室に鍵がなかったのですが、無理やり両親は私を立ち直らせようと、うだうだ言ってきたことはありませんでした。もう暫く家族とのコミュニケーションが破綻していて、身繕いもできなくなった自分に対して、部分的には諦めてたのかもしれません。

 

食事も皆が出払っている間に自分で作って部屋に持っていくことも多かった。

そんな完全に常軌を逸した引きこもり生活の中で、一番家族も我も社会も全てを恨めしく思ったのは、

自室で食事を取っていると、突然兄が部屋に押し入ってきて、

「てめーが2階で飯食うせいでゴキブリが出てくんだよ、

死ね、ゴキブリ野郎!」

と近所にもまる聞こえの怒号で罵倒し、私の抱えていた食器を乱暴に奪い、ののしった時でした。それだけでは事足らず、延々と一階のリビングで、いかに私がクズ人間であるかを大声で罵倒し父に向かって「あいつを追い出せ」と終始轟音で怒鳴り散らしていた時でした。

別にそれだけが原因じゃないけど、

もうずっと前から、私の精神は限界に来ていた。

働きたくもないのに、社会では働かなくてはいけなくて、無駄に高学歴で、でも就活が嫌だったから大企業に入れなかった自分を、中小企業の面接で人は奇異の目で見てくるし、仕事だって本当はしたくない、通勤電車に乗りながら毎日、消えたい、自分なんて存在価値がない、全てが嫌だ、私の人生こんなはずじゃなかったのに、自分の存在が嫌だ、でもこのままじゃいられない、私の存在自体が申し訳ない、というように、言葉でも上手く言い表せられない負の感情が全身を巣食って、どす黒いモヤモヤで頭の中はパンクしそう、心はとっくの昔に腐り始めているような状態でした。清潔が保てないのも、自室で食事するのも自身がそうしたいというよりは、とにかく誰も信用できないし人は私を傷つけるから一人で篭ってしまいたくて、誰からも触れられない場所で自分の安全を自分で確保しなければ、本当にあたしは壊れてしまうと思っていたと同時に、高学歴のくせに一人前の社会人になりきれず実家で腐っている己の惨めさが家族に申し訳なくて、できるだけ水道代も使わずになるべく費用をかけずに迷惑をかけないでいたい、という思いもあったからだった。(この考えが末期症状になるとトイレでさえも一回では流したくなくなる。)

そんなぐちゃぐちゃな状態の時に、兄に部屋に不法侵入され、自分の聖域が侵された上に怒号をぶちまけられた私は、その瞬間自体は無反応を決め込んだけど、兄が部屋から出て行き、また空虚な静寂が戻ってきたところで、ついに

 

(う"あ"っーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)

 

と声にも出ないのに精神が爆発し、部屋中のものを手当たり次第投げて、本棚のガラスなどが床一面に破片となって吹っ飛んでいました。破片で体も所々傷がつき、ものの壊れる音に驚いた父が二階の私の自室まで飛んできて、一言、

 

「おい窓ガラスは割るんじゃないぞ」

 

と、娘の精神状態や身体ではなく、窓ガラスのことを真っ先に心配したことに心の中で大きな衝撃を受け、

 

「うるさいっ!」

 

と泣き叫んで父を突き飛ばしたのが、久々に家族とコミュニケーションを交わした瞬間でした。

 

それから、腕などがガラスの破片で切れてほんの微量ですが出血していたのを見ると、なんだか妙に落ち着きをとりもどしました。これは非常に危ない状態でした。これが悪化すると間違いなくリストカットにつながっていたと確信しています。

実際問題として、リストカットほど派手なことをする勇気は私にはなかったものの、精神的に追い詰められてそれらしきことをしてしまったことは正直あります。

(※私はリストカットを推奨しているのではありません。あくまでも自分の身に起きた出来事を語っているだけです。分別ある方は決して真似せず、ご自身を大切にして下さい。どうかお願いします。)

更に言えば、私はこの後、自殺のようなことをして精神を落ち着けていました。

本当は死にたかったけど、怖くて自殺なんかできませんでした。

ヘアアイロンのコードを押入れの中を横にまっすぐ一本貫く鉄の梁に結わえつけて、こっそりと首を吊りました。一階では兄が私への不満を近所迷惑も甚だしいくらいの大音量で暴露しだだ漏れ状態、それをなだめようとする父、全てがぐちゃぐちゃで部屋も破片が散乱する私。ひっそりと押入れに入って、静かに首を吊り、体重をかけます。何度も何度も喉が苦しく頭に血が上ってしまい、上手くいかない中、一度だけすーっと首が絞まり、心地よい感覚のうちに頭の意識が遠のくのがわかりました。ここで、本当に危ないと思い、首吊りを断念します。本当に死ぬかもしれないと思いました。

 

それから破片の散らばる部屋で布団をかぶって一人泣きました。

家族社会自分、全てを憎み、恨み、辛くてどうしようもなくて、申し訳なくて生きたくなくて、消えたくて。

しばらくして兄が謝りに来ましたが、最早起きてしまったことは起きてしまったことでなかったことにはならないので、私は口のきけない廃人のように壊れたままでした。

それから、家にはいられなくて、なけなしの小遣いをはたいて数日だけ安いホテルに泊まりました。

数日後夜中に家に戻ると部屋に母からの手紙が置いてあり、「傷つけてごめんね。でも信じてるから!」のような、社会復帰への更なる焦燥感とプレッシャーを与える全く悪気のない善意満載で、身も心もボロボロの私には辛いものがありました。今の私を完全に否定された応援手紙でした。よりいっそう、自分の安全は引きこもってでも自分で守らなければならないと、殻を硬くしたのを覚えています。

 

*************************************************

以上が、私の暗黒時代でした。

多分ここが精神的な暗黒期のピーク(最深部?)だと思います。

 

ここまで読んでくださった方ありがとうございました。

今、ここまで書きながら当時抱いていた感情が噴出して泣いてしまいました。読み返して思うことは、本当、よく死なずに耐えてしぶとく生きてくれたよ、という過去の自分への労いでしょうか。所詮は自分で勝手に自分を苦しめているだけなんだけど、それでも今生きてくれている自分に感謝の念が湧いてきます。。。

現在、接客も多い仕事をしてますが、正直自分でも信じられないギャップです(躁鬱とかではないよ!)よくぞ回復したよ…という感無量な思いでいっぱいです。。。自己満足ですみません。