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cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ。あとノンケだけど女もいけます。

ニートになった経緯⑥ー足掻きの試み

こんにちは。

すっかり秋らしくなって、秋晴れの中布団で眠る幸せを噛み締めるチーズと塩昆布中毒の、元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

 

通算約2年半(半年+2年)くらいのニートの時、後半2年間の内、途中ニート歴が1年に差し掛かろうとする頃に就活を経験したので、その時のことも思い出しながら書いてみたいと思います。

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と、言いつつ、伝えたいことはただ一つで、

「無駄に焦って就活してエネルギー消耗するくらいなら、しっかり休みましょう」

ということです。

 

 ニート兼引きこもりが10ヶ月かそこらあたりを過ぎる頃、腐りかけて社会不適合者の道まっしぐらな自分を我ながら、まずいと思ったのか、私はtoeicを受験し、結果が出たころに就活をすることにした。2015年の4月ごろだったと思います。

この頃、私の生活にも少しだけ変化が生じてきた。部屋で昼夜逆転、無言で朽ち果てようとする娘を何とかしようと母は思ったのか、「夕食の準備」と「風呂沸かし」の家事をやれ、という最後通牒を言い渡した。最初は嫌だったが、何を言われても無言を貫いていた私は抵抗することすらも面倒臭くなっていた。なのでとりあえずやってみたところ、案外何とかなるもので、元々食べるのが好きなせいか料理はスムーズにいった。風呂も掃除して沸かすくらいはできたのでこれが私の仕事になった。家事の間は口うるさい母と鬼畜な兄は家にいなかったし、父は自営業なのでいたけど、私には関わったりしなかったのでコソコソと台所で料理したのち風呂を沸かして自室にこもる、という少しだけ前向きな生活の基盤が出来始めていた。

それでも、就活となるとやっぱりダメだった。まだまだ働きたくない思いで頭が一杯で、どうしてこんなことしなきゃいけないのだろうと絶望だった。一人じゃ到底うまく進みそうにないので、転職サイトの転職支援サービスを利用し、キャリアコンサルタントの人に経歴についても相談にのってもらったが、うまくいかなかった。学歴だけは無駄にあるが、それでも職歴が1年未満で無職期間が1年以上あったのでバッサバッサと書類選考に落ちることも日常茶飯事。紹介してもらった企業は全部落ち、最終面接に行っても落とされた。「胸襟を開いて話ができない」と面接後の企業側からのフィードバックをキャリアコンサルタントを通じて教えてもらったが、とにかく元々働きたくないのだから胸襟を割って話ができないのは当然だし、ただただいかに自分が社会的に通用しないのかを思い知らされ、心底傷つくだけだった。あまりにもうまくいかないので、今度は推薦されたところではなく、自分で選んで、「どうでもいいや」と気楽な思いで受けた某TV局の報道部で何故か採用が決まったが、求人情報に載っていた給料より低い金額での採用をさらりと言われたので、嫌になって辞退した。それで、もう何か全てが嫌になってまた、引きこもるようになった。キャリアコンサルタントもさじを投げ、求人を紹介してくれなくなった。私は不良物件だったのでしょう。3ヶ月の短い就活に自分で終止符を打って、終わらせた。

それで、2016年の5月に短期アルバイトを始めるまで、ずっと引きこもってました。季節は過ぎていき、大学時代の同胞は大企業で出世していく中、私だけ時間が止まったように何も進まなかった。そのくせ時間が過ぎるのは早く感じた。ネットをやったりするうちにあっという間に1ヶ月が過ぎ、3ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、一年が過ぎる、という具合でした。

 

就職できない、自分は学歴だけある社会で通用しないクズだ、社会不適合者だ、働きたくない、でも生きなければいけない、一人で稼ぐこともできない、面接で傷つきたくない、etc,etc.......

色々な迷いと杞憂と辛さ、変なプライドに罪悪感で毎日が憂鬱でした。

それを誤魔化すかのようにyoutubeにのめりこみました。2ちゃんとかもやる勇気がなかった。書くこともないし、怖くて何も書けないだろうと思った。誰ともつながりたくなかったし、こんな惨めな姿情けなくて、たとえそれが匿名の掲示板であっても絶対に晒すことなどできない、と思っていた。

 

 

…そんな風に自分を肯定できない時期ってあります。

だからそういうときに無理に動かしてはいけない。無駄に足掻いて我武者羅にエネルギーを消費してはいけない。漏電はダメ。

錆び付いた歯車を無理やり動かせば、壊れてしまいます。だから、意欲が湧いてこないときにやることは休むこと。とにかく休む。闇雲にボートを漕がない。ボートの中で漕がずに休む。それで流れに身をまかせる。今は充電のとき。

…私も辛かったとき、そう言ってくれる人が身近にいたらよかったのに。

誰もそんなこと言ってくれなかった。まあ確かに自分が外界との接触を完全に断って殻の中に篭っていたから手を差し伸べたくても差し伸べられなかったのかもしれない。ただ、いずれにせよ、世間では働くことが絶対的な正義と信じられているから、正義に反する道で道草食ってた私はとても辛かったよ。今思い出しても涙出てきます。

 

 

以上が、「ニートになった経緯⑥足掻きの試み」でした。

バタつかずに、休めばよかったのよ。