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cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ。あとノンケだけど女もいけます。

人生に"YES"

こんにちは。

ちーこぶです。

 

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ともすると、身近な環境と関係性への愚痴を言いたくなる己ですが、

今日はもっと人生の根源的なことについてお喋りしたくなりました。

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これまでずっと人との比較の中で生きてきました。

成功したい、富を得たい、承認されたい、認知されたい、歴史を残したい、見返したい、賞賛されたい。愛されたい。etc, etc...

でも、それらの思いが募れば募るほど、精神は虐げられ苦しみが私を覆い尽くしてきました。思い通りにならない人生と、何かにならなければいけないという強迫観念に縛られ、今の自分を否定する日々が続きました。

そして、臨界点を超えた時、私の自我は徐々に崩壊しました。

具体的には、変な幻想を諦めて、今この瞬間の自分をあるがままに見ることにしたのです。社会的な成功に執着する自分を捨てました。身の回りのものも服も9割方処分しました。物理的世界のものが処分されると精神的な世界に残っていたエゴの瓦礫も気がつくと一掃されていました。

そして自分が空っぽになった時、自分にとって必要だった知恵が自然と手に入ってきました。

人生は、誰かの真似ではない。

他の誰かになろうなんてしなくていい。ただ、自分になりさえすればいい。本来の自分。本当の自分。他の誰かになるんじゃなく、本来の自分に回帰する。あるがまま。それが生きる道。この世に生を受け肉体として存在する意味。

今、例えば自分が価値があると考えていることがあって、それと同時にその価値観によって苦しめられているのなら、静かに一人で自問してほしい。

果たしてそれは本当に自分の望みなのか。

世間の考えではないのか。他人の考えではないのか。親の考えではないのか。

答えは外の喧騒の中にはなく、内なる静寂に存在する。

自分のことがよくわからない?それはそうです。

外に答えを求め続ける限り、何も見えてはこない、何も聞こえないし、感じないよ。

人は何か特別なことをすれば、自己実現が果たせると勘違いしている。

実は、何をするかはそんなに重要じゃない。何をしてもしなくても大差ない。

問題は、自分がどうあるべきか。

さざ波が寄せては引いていくように、ただ起きては去っていく人生の出来事たち。

それに対して自分はいつもどのように在ったのか。それが重要。

いつもどう在るか。

何を成し遂げたかではなく、どう在ってきたか。

人生の旅は実は「新発見」や「獲得」ではなく、「再発見」と「回帰」の旅です。

すでに自分の中に存在している素晴らしい価値をもう一度思い出して体験することが人生の旅路です。本来の自分に回帰する、再発見し、本来のあるがままの自分を享受する。

 

だから、何が起きても、人生はyes!

 

無論、辛い感情を無理に呑み下そうとして歯を喰い縛ってyesという必要はないよ。

ただ、もっと肩の力を抜いて、深呼吸して、少しだけ辛い感情に距離を取ってみてほしい。自分のアイデンティティを辛い感情と重ね合わせることはないんですよ。辛いことが起きたとしても、貴方自身は何も損なわれていない。何も失ってない。今この瞬間、生命が自分の中できちんと息づいているではないですか。

それでも辛いならば、素直にその感情を認めましょう。ネガティブなことを考えたとしても、素直にその感情を光で照らし出しましょう。善悪の判断をしない。自分を善悪で裁くのはやめましょう。ただ、認識という名の光を当てます。そしたら、いつのまにか消えてしまうものです。

 

私もまだ、劣等感など取り切れたわけではない。人間だから仕方ないよね。

でも、喜びはあると思う。

人生に雪崩のように起こる幸せとか平和とか穏やかさとか歓喜とか。

気づいていないだけで、毎日の些細なこと、

店員さんの屈託のない笑顔、風に揺れる緑の木々、洗濯ものを静かに大切にたたむ瞬間、晴れた青空、カーテンに揺れる木漏れ日。日常の何気ない出来事に幸せを感じ、息づく大きな静寂に感動します。

 

人生にYES。

今ある私にYES。

自然に湧き上がる感謝の気持ち。今、生きていてくれてありがとうと、贅沢に自分を甘やかして、大切にできることにこの上ない至福を感じる。

 

まだまだ私の回帰の旅は始まったばかり。色々な自分を再発見して、本来の姿の私にもっと近づきたい。

 

 

人生にありがとう。

 

ちーこぶ