cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ。あとノンケだけど女もいけます。

言葉を信頼してない私

ブログを書いていて言うのもすごく変なんですけど、

私自身、言語とか言葉って信頼してません。

というか、言葉って一見十分な伝達手段にも思えるんですけど、実際の所、全くもって情報が不十分なんです。全然足りていないんです。

 

「ありのままで」のアナ雪が流行りましたけど、

あれだけでは如何様にも意味が取れるので賛否両論分かれます。

自分に嘘をついて周りに合わせて自分を見失うのはよくないですよね、

そういう意味での「ありのままで」は大切だと思うんですけれども、

自分の傍若無人さを棚に上げて他者へ「ありのままの私を受け入れてよ!」と強要するのは誰が考えてもお門違いだと思うんですね。

そういう意味で「ありのままで」という表現は前後の文脈や使われ方で随分と印象が変わってしまいます。

 

それ以外にも普通に考えて、

「おはよう」(無表情)

「おはよう」(笑顔)

「おはよう」(破顔の大笑顔)

「おはよう」(声が小さく怯えた感じ)

「おはよう」(高圧的な態度で上から目線)

「おはよう」(紳士的)

「おはよう」(探り探りに)

「おはよう」(セクシーで色っぽく)

「おはよう」(機械的で目も合わせない)

「おはよう」(無邪気に)

「おはよう」(ポンっと背中を軽く叩く)

などなど…数え上げれば同じ「おはよう」でもメッセージ性に富んでいてキリがないですね。だから言葉だけでは完全にコミュニケーション不足です。はい。

 

さて。ネットサーフィンしている時に、どなたのブログか記事か忘れてしまいましたが、

言葉というのは実は全然情報不足で、一番きちんと情報が伝わるのは、接触だと言っておられる方がいらっしゃいました。

 

…納得です。

…成る程!と。

そりゃあ、恋愛の場面でボディタッチの有効性が囁かれる訳ですね。 

 

言葉がなくても、手を握るだけで肯定的な意味は言葉よりもずっと伝わりますね。

それと同じく、手を振り払えばそれだけで拒絶のメッセージが一発で伝わります。そもそも関わりたくない人なら、触れることもないですし。うーん改めて「接触」の意味の奥深さを感じます。