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cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ。あとノンケだけど女もいけます。

ニートの時の2年間、誰とも触れあいがなく生きてきた孤独な自分を褒めてあげたい、って思います。

こんにちは。

元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

高学歴な大学卒業したのに、その後通算で2年半くらい引きこもってしまって死にかけていましたが、昨年に社会復帰をいたしまして、今は小さな会社でフツーに働いております。周囲の人は私がガチニートだったことは知りません。

 

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ふと、ニートで辛かった時のことを思い出しました。

ずっと一人で、部屋の中で布団にくるまって、YouTube見てるだけの生活。昼夜逆転なんて日常茶飯事で、ずーっととりとめもなく流れていく動画に脳みそを麻痺させて今を生きることから逃げて、毎日無気力で、息をしているのも申し訳なくて、自分のことなんか少しも肯定できなくて、死にたいというより、消えてしまいたかったあの毎日。

 

連続でニートしていた期間は2年半のうち、約2年間。

この間、家族とはコミュニケーション拒否していたし、高学歴な自分が大学時代の友人にその時の悲惨な姿を見せられる訳もなく、誰とも話す機会はなかったし、もちろん誰かと触れ合うということもなかった。性的な意味ではなく、人と、本当に触れてなかった、と思う。

今、接客業をしているので、人と触れ合わないことがいかに悲しいことかよくわかる。それと同時に人の温もりに触れることが、実はとんでもなく意味があって、言葉や視覚情報がいかに情報量が足りないかも、実感する。

 

人に触れるって、すごく重要です。なんだろう、変な意味じゃなく、触れることで少しだけ、心が救われる。安堵する。伝わる。

ニートの時、一番辛かった時、誰とも触れられなかった。会話すら拒否していたから、家族が嫌で休日は逃げるように図書館とカフェに行った。それでカフェとかで「お決まりでしたらどうぞ」から始まる一連の決まり切った機械的なやりとりの中で、ああ自分はまだ喉が潰れていない、まだ「紅茶」という単語が話せる、ということに安堵していた。でも、お釣りをもらう時に店員さんの手が自分に触れていたかは思い出せない。意識では思い出せないのかもしれないが、何度か逃げるように通い詰めていた時期があったので、もしかしたら微かに店員さんの指に触れる機会でもあったんだろうか。その温もり欲しさ故に無意識に足がカフェへ向いてたのか。

 

今、思えば、ニート脱出できたのも、もしかしたら、いい加減誰かとただ触れ合いたかっただけなのかもしれない。温もりというか自分以外の誰かの持つ生命の力を感じたかったのかもしれない。自分が生きている、この体に生命が息づいていることを他者を通して実感したかったのかも。

社会復帰第一弾で選んだ仕事も接客業のアルバイトだった。笑顔でいるのはお客さんのためではなく、自分のためだと思った。にこやかにしていると心が穏やかになった。お釣りを渡す時、ちょっとだけ触れるようにしたのはこの頃からだったかな、わからない。

 

今も接客業をしているが、なるべくお釣りや資料を手渡す時に軽くお客さんに触れるようにしている。私自身、触れてみたいのが一番、あとはお客様の心に触れて安心感を与えたいのが二番。私の心が微かな皮膚の温もりを通して伝わってくれる気がする。

お客様だけじゃない、職場の人にも触れている。さすがに男性には気を使うからスキンシップは控えているけど、女性なら結構触れている。袖ごしでも腕に触れてぽんぽんって叩いたら、ミスした人は少し安心するし、自分も腕に触れられた時、安心できた。風邪っぽい人や寒がっている人には肩をさするし、ほつれた糸や埃ははらってあげる。これだけで人間関係は実はとてもスムーズになる。みんなボディタッチの真の実力を知らない。ボディタッチが実力を発揮するのは合コン時ではない、日常の一瞬一瞬の他者とのふれあいの中でものすごい実力を発揮する。100の言葉を並べ立てるより、そっと触れてあげるだけで自分も相手も息づく確かな温かさを感じる。

 

生まれたての赤ちゃんは、生まれ落ちたその瞬間から触れてあげないと、発達障害を起こすし、免疫力がものすごく低下するし、下手したら死んでしまう。触れてあげることが心身ともに健康な発育には重要なファクターであることは既に科学的に証明されていて、アタッチメント?とかなんとかという専門用語も付与されている。不真面目な医療系学部の学生だった私は忘れてしまったけど。

 

大人になっても、もしかして触れあいは結構必要なんじゃないか?と思う今日この頃。

だから、ニートの時、誰とも触れ合わずに耐え忍んで、そして、今日この日まで命をつなぎとめて生きてこれられた自分を褒めてあげたいし、感謝の念しか湧いてこない。私を生かしてくれた生命の力にああ、ありがとう、ありがとう、みたいな。もし私が赤ちゃんだったら、多分死んでいただろうから。

 

変な意味じゃなくて、触れ合うって超絶重要。

ニートもしくは引きこもりで死にそうな君。まずはワンコインを握りしめてカフェに行こう。そして綺麗なお姉さん、笑顔の素敵な母性溢れるおばさま、精悍なお兄さん、温かそうなおじさま、とにかく誰でもいい。温かい飲み物をオーダーして、お金を出す。お釣りをもらう時、少し店員さんの指に触れよう。温かい飲み物をもらう時も、微かに触れよう。そしてその温かい飲み物を飲んで、カップと店員さんの両方の温もりを感じながら、ゆったり過ごそう。それだけで、今日1日君は生きていられる。誰も君を見捨てていない。

 

 

ちーこぶ