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cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ。あと最近バイセクシャルになったかも。

人って、実はもらうよりもあげるほうが好きなんじゃないかな

こんにちは。

元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

 

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社会復帰してから思うのですが、人って実はもらうよりもあげるほうが好きなんじゃないかなって常々思います。

それは、私自身がニートで引きこもりでクズで腐りかけていた時のダメな自分を素直に認められるようになって以来、それに追随する形でモノや人からの好意も素直に受け取れるようになったためか、しみじみと最近感じることです。とにかく、何かを(して)いただく機会が多くなりました。自分を受け入れると人からの好意・行為も受け取り上手になるのでしょうか。

 

社会復帰第一弾で始めたアルバイトの時も、勤務先のパートの人に夕飯をご馳走してもらった。職場では、みなさんが私にチョコレートなどくれる(チョコレート変態を名乗ったらみなさんくれるようになりました苦笑)。重い荷物や物品を代わりに運んでくれる。ドアを開けてくれる。風邪引いたらマスクもらったこともあるし、優しい声をかけてもらったこともある。私が年上なのにご飯おごってもらったこともある。ホワイトデーも義理ですがいただく(もちろん私だけじゃないけど)。両親はとりあえず無償の愛を含め、色々とくれる。

 

友人がさっぱりいない私でも、これだけ頂けるのですから、人って基本的に与える方が好きなんじゃないかって思うんです。

皆、何かをあげたがってる!

 

このご時世、給料が、待遇が、社会的立場が、もっと家庭が円満なら、とか色々と「無い物ねだり」を人はしている、みたいな風潮がありますが、それも実はもしかしたら商業主義にただ単に購買意欲とかを煽られているだけ、もしくは現行の社会システムを維持するためにでっち上げられた価値観を鵜呑みにさせられた結果、人は「求める、要求する」のが普通と思わされているだけかもしれませんよ。案外、人はあげたがってますよね、そう思いません?

あげることで承認欲求が満たされるとか、そういう欠乏からくる感覚ではなくて、たぶん元々自分に充分に備わっている優しさとか思いやりとか溢れているものは、人は惜しみなく誰かに「あげられるのだ」と思う。役に立つという言葉は社会的な歯車に組み込まれているようで好きな言葉ではないけど、人によってできることあげられるもの、得意なものは違うから、自分に備わっているあまりある資質を自然と手放して、結果として誰かのためになるという感じでしょうか。

 

ま、難しいごちゃごちゃした屁理屈はおいといて、皆んなあげるの好きですよね。

だから、もらったら素直に喜びたい。感謝したい。

そして究極的には「もらう」という行為を何とも思わずにただ自然に受け入れられるようになれば最強だと思う。私も代わりに何かしなきゃ、とか、お返ししなきゃ、とか変な義務感に囚われず、ただただ自然の恵みを享受するがごとく、相手が与えてくれるものを大いに受け取り、自分も与えられるものを惜しみなく与えて、何も要求はしない。ただ、ギブギブな関係があるだけ、もっと言えばリリースリリースな関係があるだけ。

 

あ。誰か言ってたな。

実はもらう方もあげてるって。

誰のブログの記事だろう?忘れちゃいましたが。

例えば重い荷物をもってもらうとする。そうすると、助けられた方は「手伝ってもらってる」と同時に、相手の「手伝いたい」っていう「優しさ」も引き出して「あげてる」から相手に優しい気持ちを思い出させる機会をあげてるんだよ、みたいな。

ほほ〜と思いました。

 

あー。罪悪感とかを抱かずに、素直に受け取りたい。そして、私自身は自分のあまりある資源(何かわからないけど)を惜しみなく手放したい。

ありがとう、ありがとう。

 

 

ちーこぶ