cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ。あとノンケだけど女もいけます。という訳で、こっそりレズビアン風俗で働いてます。

穏やかな気分で生きられている自分に◎あと女性性とか「恥ずかしがる」とか「性」について。

こんにちは。

元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

 

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今日は洗濯したあと、スーパーに買い物に行った他は、ずっと1日お家でゆっくり過ごしておりました。スーパーの行き帰り、テクテク歩きながら物思いに耽るのは毎度のことですが、気分がとても穏やかでした。

 

つい先日、仕事でもプライベートでも傷つくことがあったばかりですが、それももう過去の記憶の中に溶けてしまった感じで、ああ無事に過ぎていってくれてよかったあ…という感慨深い思いです。

 

体重が劇的に落ちたわけでもなく、給料が増えたわけでもなく、突然美人になって若返った訳でもない、急にモテ始めた訳でもなく、新たな資格をとって前向きに進んでいる訳でもなく、なーんも大した変化はないのですが、何でしょうかね、この穏やかな感じは。

 

この世の中、個人の自由さとか多様性を押さえつける制約とか社会的通念が蔓延り、みんなが何かしらの窮屈を感じている。私もたまに自分の生き様に自信が持てなくなると、なんか苦しい、なんか窮屈だと感じる時がある。でも、なぜか、今、自分はとても自由だな、幸せだな、と、ふとした時に多幸感に触れる時がある。何ででしょうね。一度人生が完全に腐って崩壊したからでしょうか?それとも昨年両親から経済的にも精神的にも自立できて、気ままに生きられるようになったからでしょうか?自分のことが好きになれたからでしょうか?自分を良く見せようとか、出世しようとか、周囲を出し抜いてやるとか、変な虚勢を張ることもなくなって、毎日を自分の好き勝手に生きられるようになったからでしょうか。もしくはそれら全てでしょうか?

 

とにかく、なんか、元の自然体な自分に回帰できた感じがある。心地よい。

 

以下、こういうことを書くと社会的に変な価値観があるから誤解されて嫌なんですが、私「S◯X」とか「KISS」とか「ハグ」とか好きですよ。自分でそれを受け入れられているのはとても嬉しいです。(ただ相手がいないのが目下悩みどころ。)元々、好きだったんでしょうかね。最近再確認できたのかも。

でも、今の社会は女性性を抑圧する風潮があるので、そういうことを言うと「淫乱」扱いされます。夜の営みの時に「女性は恥ずかしがる方が可愛く見える」みたいな観念が盲目的に支持されているのがいい証拠です。女性に対して処女性を期待(強要)し、支配下に置くような感じがします。だから、男性って自分の想像した以上に女が性に積極的でいると引くんですよね、女性が後から徐々にエロスに浸って行くのは許せるんですけども。それは「俺が開拓してやった」みたいな征服感が感じられますからね。(男性の皆さん、怒らないで💕)

でも、性の営みは「征服」ではなく、すごく親密なコミュニケーションなんですよ。神聖なことですよ。恥ずかしくないなら、わざわざ恥ずかしがる必要なんかないのに。そう思いません?私なら大好きな人と深いコミュニケーションができると思うと、恥ずかしいとかいう感情が出てこない。むしろ嬉しいし、光栄なことだし、素直に身を委ねて相手の殿方(もしくは姫君)を深く感じたい、リラックスして溶け合いたいと心から思いますけども。わざわざ恥ずかしがる演技とかしてる暇なんかないです。全力で心を開こうとしているわけですから。恥ずかしがるのがいい、というのは「悪いことをしている」という罪悪感に基づく感情です。つまり性の営みを「いけないこと」として捉えている以上、この「恥ずかしがるの可愛い」教は消えることがないのです。女に「恥ずかしさ」を求め続ける以上、貴殿は女に「演技」をさせ続けることになります。そうしたら、心を開いた素直なコミュニケーションは破綻しておりますから、深いリラックスとか愛情からは永遠に届かず、なぜだか事が終わると虚しくなる、というループから抜けられなくなります。

 

あー。なんか話がたくさん逸れましたね。すみません、ついつい語ってしまいました。

 

まとめ。

今の自分の生き方、大好きです。気に入っております。

 

ちーこぶ