cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ。あとノンケだけど女もいける、元レズビアン風俗です。

「恋する私」というアイデンティティが消えてエゴが炙り出される。

こんにちは。

ちーこぶです。

 

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失恋してから、脳内を占有していたものがスコンと抜け落ちたため、何事も暇だ。

 

それで、気づいたのですが、

恋をしている自分にエゴが自己同一性を感じていたから、その時エゴは趨勢を誇り、様々な事を思案させ、妄想させ、幻滅させ、不安にさせ、動揺させ、一喜一憂させたりとせわしなかったけど、

今は「その恋をしている私」というアイデンティティを失ったから、私のエゴは次なる寄生先を見つけないと存在意義を失うため、オタオタしているのかな、と。

それまで「恋する私」と完全に同一化していたエゴですが、「恋する私」が消えた瞬間、エゴが炙り出された。次なる寄生先のアイデンティティを欲している。

かつての寄生先は「高学歴な私」「自慢の娘」「海外大学にも留学して英語も堪能な私」で、エゴはそういうアイデンティティと同一化していた。

 

…昔、人生に迷っていた時に読んだ本を、今また掘り起こして読んでみて、そんな表現がしっくりくるような気がした。

本の中の言葉を拝借しているので、どうにも自分のオリジナリティに欠けますが、なんとなく自分の中では咀嚼できているんですよね。

 

今私は、英語の勉強をしようとしている。英語がもっとできるようになれば、何か人生もっと充実するんじゃないか、と期待している。

でもそれじゃ、元の木阿弥ではないかとちょっと心配している。

英語は勉強すればするほど、自分がいかにものを知らないかを思い知らされる。単語も表現も熟語も日常会話の言い回しもスラングも専門用語も知らない事だらけで泣きそうになる。

エゴはまた寄生先を見つけてその役割を演じている私に同一化するのかな。

 

心の安寧というのは、何かをやれば達成できるのではない。

あれをすれば、こうなれば、そういう思いは目の前にぶら下げられた人参をひたすら追いかけるのと似ている。

嵐のように襲ってくる激動の感情を抑えつけるでもなく、無視するでもなく、ただひたすら感じ、観察し、距離をとれば、実態がわかるかもしれない。

 

今日は、非常に抽象的な話でしたね。

でも、本のことばを借りているばっかりで、自分の血肉となったものじゃないからどうも歯がゆい感じはある。全然わかってないのかも。

 

とまあ、こんな感じで少しは真面目に語ってみました。

読みにくかったらすいません。

 

 

 

ちーこぶ