cheekob's diary

元・ゲロ高学歴ニート「ちーこぶ」のブログ。あとノンケだけど女もいける、元レズビアン風俗です。

久しぶりに集中して、しっかり本を読んだ。

こんにちは。

元・ゲロ高学歴ニートこと、ちーこぶです。

 

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今日は粘った。

3時間半くらい、スタバにいた。

一時期流行った、アドラー心理学

「嫌われる勇気」

 

       

 

読みながら、飲みながら、日記帳にメモを取る。

頭にふっと浮かんだことを、どんどん書き留めていく。

室内は空席がなかったので、テラス席で没頭する。日が暮れるまでいた。

で、虫に刺されたと気づいたのは、帰宅してから。

でも、よかったな、と思った。

 

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人生に躓いたとき、本を読み漁った。

今も何かしっくり来ないときはよく図書館に行く。先人たちの叡智を拝借する。

そしたら、あることに気づいた。

陳腐な感想ではあるが、「す、すごい…」と思う良書には、究極的に到達する共通した真理が存在する。

それは、

「いま、ここだけを真剣に生きよう」

というメッセージ性があること。

過去、未来は存在しない、今しかない、という真理に立脚している。

そんな先人たちの考えを聞いてもなお、「過去も、未来も存在しないなんて、嘘…」と未だに思うのですが、でも、きっとそうなんだろうな…となんとなく思ってきた。

 

あと、もう一つ。

大人になるに従って、純粋な腹を割り、胸襟を開いたコミュニケーションが悉くなくなっていくな…としみじみと思っていた。

でも、そもそも、その発想自体が、誠実なコミュニケーションができない理由を外部に押し付けている気がした。自分が意図して選択した結果なのに。

社会人になってから、対人関係の問題を、こちらが心を開かないことで、避けて通れてきた、免れられたこともあっただろうし、逃れられてきた、と思う。本心を隠して穏便にやり過ごす方が、楽だから。上っ面で喋っていれば、なんだ自分はコミュニケーションができるじゃないかと、錯覚もできる。

けれどそれは一方でやはり、自分から心を開かないからこそ、腹を割った相互コミュニケーションから確実に遠ざかっていくことであったんだな、と。

恋人さえできれば、きっと私は素直に自分の思ったことを言い合える素晴らしい関係が築けるんだ、と思っていた。

けれど、そうじゃないと思った。

そもそも、恋愛関係でもなんでも、究極的に人と人とのコミュニケーションは、「あなた」と「わたし」の対話から始まる。だから、いかなる場面でも対人関係のコミュニケーションを向上していく訓練は出来る。一つ一つの「あなた」と「わたし」の付き合い方を、丁寧にしていく。誠心誠意、自己を受け入れ、相手を信頼する、心を開く、その姿勢が常日頃の些細な日常の中で大切なのかな、と。

自分の人生が充実していてもなお、心のどこかがぽっかりと空虚な感じがしてしまうのは、そういうことだったのかな、と。

 

まだ、自分の言葉で書き切れてない部分はご容赦くださいませ。

 

なんか、重い感じがするかもしれない。

でもそこはアドラーさんの「深刻と真剣は違う」という金言を採用し、助けてもらう。深刻には捉えない、ただ真摯で真剣でありたい。

 

 

他にも色々と思うことはあったけど、一番心に残ったのは

「日々の他者とのコミュニケーションを大切にしよう」

「日々、自分の心に誠実にコミュニケーションをしよう」

と改めて考えさせられたことです。

 

毎日を力強く、そして丁寧に生きたい。

恋愛とか小手先のテクニックではなくて、一人の人「あなた」と「わたし」のコミュニケーションをきちんと行っていきたい。人を選別せず、私は私のコミュニケーションに誠実でありたい。

 

そんなことを思いました。

 

 

 

ちーこぶ